新型コロナウイルス感染拡大と舞台芸術
2月26日(水)夜、突然、政府から文化イベント等の自粛の「要請」がありました。私たちは、3月1日と2日に愛知県の知多で清水きよしさんの公演を3ステージ予定していましたが、全国的なイベントでもなく、まだこの時点では「全国一律の自粛要請を行うものではない」というあいまいさもあったため、「感染防止対策はしっかり行おう。」と主催者とも連絡を取り合い、準備を進めていました。
ところが、翌日27日(木)、またしても突然に、「全国すべての小学校、中学校、高校、特別支援学校について、春休みまで臨時休業」と「要請」があり、3月2日(月)から一斉に学校が休校することになりました。主催者と私たち上演団体は「感動が免疫力を高めるのだから決行しよう。」とも話しましたが、「学校が休みになり、家から出るなと言われているのに、子どもたちを集めていいものか」との困惑にも抗いがたく、中止せざるを得ませんでした。私たちはもちろんのこと、公演を楽しみにしていた地域の人たちも、まさに青天の霹靂(へきれき)。苦渋の決断でした。
この日から、3月、4月の公演や集会などのイベントがすべて中止、あるいは無期限の延期になっていきます。さらに、感染は全国に拡大し、収束の見通しがもてないことから、公立文化施設も軒並み閉館となり、5月、6月と順に中止が決定されていきます。早いところは秋から年内の公演がすべて中止になっています(4月20日現在)。
近年、台風や洪水などの自然災害が多発しています。長野県内でも、昨年秋の台風で、いくつかの文化施設が重大な被害を受け、催し物が中止になり、いまだに復旧していないところもあります。私たちArt.31も、昨年の台風19号に直撃され、仙台公演を当日に中止しました。生の舞台芸術は、ある日、ある時間、ある会場に、演者も観客も集まらなければ成立しませんので、自然災害の多発は舞台芸術全体の存続を左右しかねない深刻な脅威となっています。今回のようなウイルス感染拡大は、形が見えない不安と恐怖が網をかけるように全国一斉に襲う、さらに恐るべき自然災害です。
Art.31も連携する「子どもの権利条約31条の会」は、芸術・芸能団体の存続の危機は、芸術・芸能の危機であると同時に、子どもたちが生の舞台と出会う「芸術への参加」の権利を、永遠に奪ってしまう重大な危機ととらえる視点も明らかにした「子どもの権利保障の観点から新型コロナウイルス感染症対策を―遊びと文化活動の保障をめぐってー」という緊急アピールを発表しました。詳しくは「アピール」をご覧ください。
子どもたちの視点から、感染拡大とその対応をどうとらえるか
そして、なによりも深刻なのが、子どもたちの状況です。
Art.31が国際文化交流として招聘しているシャボン玉の魔術師ミケーレ・カファッジは、日本人の奥さん、小6の娘、小3の息子の4人家族で、イタリアのミラノ在住です。よりにもよってミラノです。今年も6月~7月に招聘を予定し、12ステージの全国公演が決まっているのですが、こちらも厳しい状況です。
ミケーレは、国際的なアーティストで、ヨーロッパ各国、中東、アジア、北米と、毎年子どものための舞台フェスティバルに招聘され、世界中で公演を行っています。普段はあまり家にいないのですが、イタリアは2月から封鎖され、ずっと家にいます。子どもたちも学校が閉鎖されているので家にいます。さぞ大変なのではと思ったのですが、3月の初めに、お父さんと子ども二人で、楽しそうに、家の中で餅つきごっこをしている動画が送られてきました。その後も、一緒に絵を書いて大笑いしている動画が送られてきました。先日は、「OYA!一輪車に乗れるようになったよ!!」と3人が一輪車を使って「コント」をする動画も届きました。母いずみさんによると、いつもは家にいない父と、いつもは一緒に遊ぶ時間がとれない子どもたちが、おたがいに関係を確かめ合うかのように毎日楽しく遊んでいるそうです。
日本でも、ゆっくりとした時間がたっぷりととれて、子どもたちの表情が穏やかになったとか、親子の関係が深くなったとか、家事を楽しんでやるようになったとか、普段は宿題をイヤイヤやるのに、たっぷり遊んだので自分からすすんで宿題をし始めた、とかいう声もありました。「休息・余暇」、「ほーっとした時間」も大事なんだよ、と言い続けてきた私たちにとっては、思わぬ「権利の保障」となった一面もなくはありません。震災や台風などの被害により避難生活を余儀なくされる状況の中で、大人が子どもたちに干渉する余裕がなくなり、結果、子どもたちが生き生きとしてくるという「災害ユートピア」と呼ばれる状況が今回も起きているとの報告もあります。
「長野の夏休みは日本最短!」と、この白書でも書き、指導要領に迫られて増加する授業時間確保のために土曜日の休みがなくなり、夏冬春の長期休みが削減されていく現状に異議を唱えた私としては、休みが長くなること自体は歓迎すべきことなのかもしれません。
しかし、今回の経過は多くの子どもたちにとって、ある日突然、学校がなくなり、友達とも引き裂かれ、遊び場も奪われて、何が何だかわからない。「若い人たちが感染を拡大するから出歩くな」と加害者扱いまで受けて、「ウイルスとの戦争だ」「お年寄りを守れ」と一方的に自己犠牲を押し付けられる。公園で遊んでいると市役所に苦情が通報されるという例もあります。子どもたちの立場から見ると、社会や大人が信じられなくなる。そう危惧されるくらい、乱暴な状況なのではないでしょうか。
もちろん、感染拡大防止のためにとられている数々の方策が間違っているとは言いません。「命」が最優先ですし、専門家から見ても、必要で的確なことも多いのでしょう。でも、おとなの私たちでも、今この措置がほんとうに必要なのか理解できないこともたくさん出てきます。ましてや、子どもたちにはほとんど情報がなく、疑問を呈する場もないのです。
かつて人類が経験したことのないほどの危機と言われる状況で、何が正しいのかは誰にもわからないと言われます。ですから、まちがいもあって当たり前です。だからこそ、子どもたちを置き去りにして、一方的な被害者にせず、状況を正しく伝え、やむを得ず講じなければならない苦しい方策も、きちんと理解と主体的な覚悟を求める。彼らの疑問や批判も正面から受け止める。そして、子どもたちもいっしょにこの危機に立ち向かってもらわなければならないのです。
それが、子どもの権利条約の精神です。今、社会にとって「最善の方策」を選択するためには『子どもの最善の利益』を抜きには考えられません。ウイルスとの闘いはずっと未来の先まで長く長く続く闘いなのですから。その最善の利益を考えるためには「子どもたちにも聞く」必要はありませんか?子どもたちもいっしょに考えてもらう必要はありませんか?大人たちにとっても自信のない、未知のこと。間違いなく私たちよりもたくさん未来を背負う子どもたちが、「社会の一員として、ともに参加」できるようにすることは、子どもたちの権利でもあり、大人たちの責任だと思うのです。
Art.31は、この状況の中で、今こそ子どもの権利条約を子どもたちと語り合いたいと、「子どももいっしょにたのしくよめる!子どもの権利条約と子どもの文化権(第31条)『ワニブタ絵本ガイドブック』」(増山均/大屋寿朗著、前田達彦絵)を急ピッチで作成し発行しました。是非ご利用ください。
国連勧告「社会の競争的な性格」の意味
国連の子どもの権利委員会(以下、国連)は、昨年の3月に日本政府からの第4・5回目の報告書を審査した結果として、条約の「基本原則」である第6条の「生命、生存および発達に関する権利」についての項目で、「20(a)子どもたちが、社会の競争的な性格によって子ども時代と発達が被害を受けることなく、子ども時代をエンジョイできるように、確実な対策を講じること。(筆者訳)」という勧告を出しました。
ここでこだわりたいのは、「社会の競争的な性格」という言葉の意味です。これまでの「過度に競争的な教育制度」だけでは説明できない、人間を大事にしない社会のゆがみが、この国の子どもたちの生存と発達を脅かしていると言っているように思えるのです。
芸術活動もコンクールとして競わせる競争主義。「無駄」を排除する効率主義。「失敗」を許さない成果主義。不安に付け込む「勝ち組」「負け組」の脅迫。受験競争を煽り、営利を拡大する教育産業。「遊び」を商品化し、子どもたちを「市場」とするおもちゃ業界。今回のコロナ問題でも、「命」が大切と言いながら、具体的な対策は「経済」しか見ていないのではと思えて仕方がありません。
競争的な市場経済、経済至上主義の自己責任社会が、本来、助け合い、分かち合い、支え合うことで繁栄してきたホモサピエンスの本質的な「種の戦略」となじむのか。本当に人間を幸せにするのか。いま世界中で問われています。
マスクを、消毒液を、我先に買い占めて高値でネット販売する醜い大人の姿を子どもたちは見ています。不安のために食料をまとめ買いする姿は理解できなくもありません。情報に惑わされてティッシュやトイレットペーパーまでまとめ買いする姿は同情を誘います。しかし、「誰よりも先んじて『勝たなければ』生きていけない」と刷り込まれた、私たちのそんな姿が「社会の競争的な性格」の日常として、子どもたちに映っているのではないか。「勝たなければ」生きていけないのか、みんなで支え合って「負けない」社会を作れないのか。子どもたちから問われているようにも思えます。
子どもの権利保障の観点から新型コロナウイルス感染症対策を
―遊びと文化活動の保障をめぐってー
2020年4月6日
子どもの権利条約31条の会
●緊急事態に直面して
新型コロナウイルスの感染が内外に広がり、事態の収束に向けて先が見えない状況が続いている。子どもたちの命と健康を守るために、医学的知見と人間の知恵を結集して、コロナウイルスの感染拡大防止に立ち向かわねばならない時である。
2月27日に安倍首相の独断で小中高校、特別支援学校の全国一斉休校措置が要請され、3月2日から休校が開始されて春休みを迎えた。3月24日、文部科学省が「小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校における教育活動の再開等について」の通知、3月26日、「教育活動の再開等に関するQ&A」を出し、学校の再開が課題となっている。しかし、東京での感染者拡大に、東京都では都立学校の「春季休業の終了日の翌日から令和 2 年 5 月 6 日までの間、臨時休業」を決め、「区市町村教育委員会に対しても、都立学校の取組を参考として、感染拡大防止の取組への協力を強く要請」した(4月1日「今後の都立学校における対応について」)。全国を見るなら、4月からの学校の再開、入学式を簡略に開き、その後は時差登校など、それぞれの教育委員会の判断で学校再開が模索されている。学校再開を毎日の授業時間を増やすことや長期休暇の短縮などによって子どもの生活のバランスを崩すものにしない視点も必要である。
全国一斉休校措置開始から一か月あまり経過し、感染の拡大が進む中で、いま様々な問題が噴出しており、長期にわたる取り組みを覚悟しなければならない時にある。
●学校の休校をどうとらえるか
それにしても、先の全国一律に学校を休校にするという措置は、あまりにも唐突で子どもの生活と発達に関する権利保障への配慮を欠いた対応だったと言わざるを得ない。
ウイルス感染の広がりには地域的違いもあり、学校の休校については、本来各地域・各学校の状況をふまえて自治体の教育委員会が判断する権限をもっており、専門家会議の医学的な見解をふまえ、各自治体の教育委員会や学校管理者・保護者の声を集めて、慎重に判断すべきことであった。
休校中の子どもの居場所としての役割を丸投げされた学童保育の現場は、その活動上子どもたちと指導員の濃厚接触は避けられず、現在の施設条件も劣悪であり、ウイルス感染のリスクは学校以上に高いとも考えられる。政府の一斉休校措置の矛盾と問題点が鋭く現れている。
コロナウイルスの感染リスクを低減すること、子どもたちの命と健康、安全を第一に考えること(生存権の尊重)は、最も重要なことだが、学校が子どもの生活と発達の権利保障に果たしている役割を《多面的・複眼的に捉える視点》を見失うのは根本的な間違いである。
休校措置は、何よりも子どもたちの学習権を失わせ、教育を受ける権利を奪うことになる重大な措置である。学校には、保健室や給食があり、子どもの福祉を守る場でもあり、特に虐待的・放任的な環境にいる子どもにとっては重要な保護機能を持つ「安全地帯」である。また学校には、校庭や体育館や図書室があり、子どもの遊び仲間やスポーツ・文化活動を通じて子どもの発達と文化の権利を保障する場所でもある。
政府・自治体は新型コロナウイルス対策を進めるにあたって、常に子どもの権利を守る視点を忘れてはならない。子どもへの感染を防ぐこと(生存権の保障)を当然の前提とし、同時に子どもの生活権、学習権、遊び・文化権、自治権・社会参加権を保障するために知恵と創意を結集することが求められる。
●子どもたちの生活と文化を守る
子どもの遊びと文化の権利の重要性に注目してきた「31条の会」は、新型コロナウイルス感染症対策としての一斉休校措置によって、子どもたちの交遊関係が遮断され、「子どもの主食」である遊びが禁止・抑制される事態が全国的に生じていることに対して、子どもの権利侵害が政策的に生み出された危機的事態であると捉えている。
学校の休校とともに、地域の子どもの居場所である児童館や冒険遊び場などの閉館・休止、子どもの生命をつなぐ場である子ども食堂の自粛要請・中止、子どもの遊びに関わるNPOの活動停止、鑑賞教室や地域文化団体・劇団主催の演劇・音楽など子どもの文化・芸術公演の中止・無期限の延期などが相次いでいる。今までの公的支援の弱さが改めて露呈し、子どもNPO、児童劇団などの文化・芸術団体の存続が危機的状況にあり、フリーランスのアーティストの多くが生活の困難に直面しているにもかかわらず、積極的な支援・経済的補償は打ち出されていない。子どもたちの文化・芸術への参加の権利が危機にさらされているのである。
学校休校に伴って子どもが地域の中で過ごす様々な場所の活用・連携・役割分担など、総合的にきめ細やかな対策を講じなければならない。そのための拠点、地域対策本部などをもうけることも必要である。また、親・保護者や教師とともに、子どもの遊び・文化権の保障のために学童保育・児童館職員、フリーランスのアーティストやスタッフなど子どもを支える大人、子どもNPOや子どものための文化・芸術団体への経済的支援を含む緊急の支援に至急取り組むことが必要である。
●子ども・市民の声を聴き、知恵を出しあい学び合おう
対策にあたっては、子ども・市民にわかりやすく情報を伝えるとともに、その声を聴き、区市町村・都道府県・国の対策検討の各段階で子ども・市民との対話を重視し、必要に応じて対策検討の場に子ども・市民の代表を加えることも提案する(子どもの権利条約第12条子どもの意見表明権(子どもの聴かれる権利)、国連子どもの権利委員会総合的解説第12号「子どもの聴かれる権利」“The right of the child to be heard”など参照)。
こうした緊急事態のなかで、いち早くいくつかの学会や市民NGO/NPOが、子どもたちの遊びや文化活動の重要性を指摘し、その機会の提供を呼びかけたことに注目し、それら取り組みに賛同し、推奨したい。そこには子どもの権利条約第31条の視点とその具体化の課題がリアルに示されており、今後これらの経験をじっくり検討する必要があると考えているが、以下、取りあえず、諸団体の見解や声明が掲載されたHPをリストアップしておく。
いま緊急に必要なことは、全国的全世界的に拡大するコロナウイルス感染状況のニュースに接して不安の中にいる子どもたち、学校の一斉休校や再開のなかで不安定な生活を強いられ、仲間たちとの安心・安全な交遊と活動が制限されている子どもたちに、コロナウイルス感染予防のための知識と行動を丁寧に伝えるとともに、同時に楽しい生活と仲間との交流を工夫し、実現しあっていく意欲と希望を励まし応援し、ともに取り組んでいく大人社会の協力・連帯と行政の積極的姿勢である。
いまこそ<子ども最善の利益>実現の視点にたって、さまざまな知恵を出しあい取り組みを交流し学び合っていこう。
「子どもの権利条約31条の会世話人」
増山均(早稲田大学名誉教授)
山下雅彦(東海大学名誉教授)
齋藤史夫(東京家政学院大学准教授)
神代洋一(NPO東京少年少女センター理事長)
北島尚志(NPOあそび環境Museumアフタフ・バーバン理事長)
大屋寿朗(子どもと文化のNPO Art.31代表)
中村興史(子ども白書編集委員)
連絡先:大屋寿朗(子どもと文化のNPO Art.31代表)